地の底に落ちた国際ジャーナリスト① 医療保険編

沈みゆく大国 アメリカ」を読みました。

自称国際ジャーナリストの堤未果氏の本です。
ツッコミ1回目の対象は『序章 「1パーセントの超・富裕層」達の新たなゲーム』『第1章 ついに無保険者が保険に入れた!』です。過去記事はタグを参照のこと。

アメリカの銀行の収益力は凄いですね

史上最大のカジノと化したウォール街はさらに肥大化し、米国通貨監督庁のデータによると2014年現在、その5大銀行が国内デリバティブの約94パーセント(上位25社中)を抱え、四半期だけで279兆ドル(2京7900兆円)の利益をうる状態になっている
※日本の一般会計は95.9兆円(平成26年財務省データ)
ばーか。
その279兆ドルというのは、2014年第一四半期時点のデリバティブ資産の時価評価額(NCCE)です。

「279兆ドルの利益を得た」ならばパーフェクト馬鹿ですが、
「279兆ドルの利益をうる状態になっている」なので、大馬鹿ですかね。

資産残高がそのまま全て利益になるわけねーだろ!

実際は、2014年第一四半期のデリバティブ取引による収益は61億ドルです。
堤氏には珍しくネタ元と時点を明らかにしていたので事実確認できました(確認できずとも、あからさま誤りであることは常識としてわかる)。
通貨監督庁(OCC)の「銀行取引およびデリバティブ活動に関するすべての四半期報告」の「2014年第1四半期」分で確認できます。

安楽死?

アメリカの多くの州がそうであるように、オレゴン州も財政難に苦しんでいる。
・・・
人生の終わり方を自分で選ぶ自由を与えるという崇高な目的をかかげ導入された、安楽死を許可する〈尊厳死法〉は、いつの間にか膨れ上がる医療費に歯止めをかける、最大の免罪符になっていた。
何だろう?この気持ち悪い書き方は。
「尊厳死を許可する〈尊厳死法〉」または「安楽死を許可する〈安楽死法〉」じゃないの?

Oregon Revised Statute: Oregon's Death with Dignity Act(オレゴン州制定法:オレゴン州の尊厳死法)」から一部翻訳して引用します。
127.805 s.2.01. 投薬の要請を文書で行うことができる者
(1) 能力(意思決定を行い伝える能力)があり、オレゴン州の居住者であり、主治医および顧問医によって末期疾患であると判断され、自発的に死にたいと表明した成人は、ORS 127.800から127.897に従って、人道的かつ尊厳ある方法で人生を終えるために、書面による投薬の要請を行うことができます。
(2) 年齢または障害のみを理由として、ORS127.800から127.897の規定に基づく資格を有する者はいないものとする。[1995 c.3 s.2.01; 1999 c.423 s.2].
法律の名前は「尊厳死法」だが、法律の中身を読むと安楽死のことですね。
珍しいこともあるものだ。
正しいことを書いているのだが、普段の行いが悪いので間違っていると勘違いしました。

オバマケア

アメリカ教育省の2014年データによると、1970年代には約四割だった非常勤講師は、今では全米の大学・短大で七割以上を占めており、大半が困窮ライン以下の生活をしているという。
赤字の部分を正しく書きましょう。
1970年代後半には四割だった非常勤の講師等は、今では全米の大学・短大で約五割を占めており

「アメリカ教育省の2014年データによると」というのは以下の2014年以前のものだと思われます。
Number of faculty in degree-granting postsecondary institutions, by employment status, sex, control, and level of institution: Selected years, fall 1970 through fall 2019

これによると、1970年には22.2%で3割すらいかない。
このデータを以下グラフにしてみました。
アメリカの高等教育機関における非常勤教員の割合

1979年ですら34.1%であり、四捨五入すると3割、切り上げで4割となる。
平均すると28.1%で3割が妥当。

2013年で48.8%で、これのどこが7割なのでしょうか?

「非常勤講師」と書くが、実際は「教授、准教授、助教授、講師、助教、助教授、または暫定教授」が対象です。

「大半が困窮ライン以下の生活をしている」と堤氏は書いているが、そんな資料は見つけられなかった。
そもそも、アメリカ教育省が、非常勤の教職で受けた給与以外を調べているとは思えないのだが・・・

特にブッシュ政権以降、政府は公教育の予算をどんどん減らし、金が欲しければ実績を上げろと言いだした。
これは堤氏の発言ではないが、真偽を確認せずにそのまま載せているのは「国際ジャーナリスト」としてあり得ないですね。

同じアメリカ教育省の「Federal on-budget funds for education, by agency: Selected fiscal years, 1970 through 2020」で政府の高等教育予算の推移を見ると、ずっと増えているのですよね(補正したデータにおいても同じ)。

本の中で以下の図がありました。
大学教員の非正規化推移 1990-2012年

これは「Labor Intensive or Labor Expensive? Changing Staffing and Compensation Patterns in Higher Education.」という論文からの引用なのだが、これを引っ張ってくる理由がわからない。
先ほどのアメリカ教育省にこれ相当のデータがあるのだ。
データ元が違うと単純に比較できないのだが、そんなことはどうでも良いのでしょうね。

この法律(※オバマケアの話)は決して「グッドニュース」ではなかった。フルタイムの教師に保険を適用するための経費をどうするか?
・・・
今後すべての非常勤講師が、週30時間のフルタイムから週29時間のパートタイムに降格されるという知らせだった(※保険提供義務対象は週労働時間が30時間以上)。
・・・
2012年四半期以降、31~34時間の労働人口の変化に比べ、25~29時間の労働人口は過去14年最大幅の二倍に跳ねあがったからだ。パートタイム化の波は翌2013年の上半期にさらに加速、アメリカ人労働者の平均労働日数は、過去最短となっている。

2011~2013年における農業以外労働者の内、週15〜29時間働いている人の割合を米国労働統計局のデータから見てみましょう。

2011年:12.8%
2012年:12.5%
2013年:12.2%

嘘ばっかつくな!
増えるどころか減っているし。

しかも「アメリカ人労働者の平均労働日数は、過去最短となっている」って何でしょうね。
労働時間の話をしているのに、なぜ労働日数の数字が出てくるのだ?

この本を読んでいて凄いストレスを感じるのよね。
オバマケア義務化のしきい値の30時間について書く時、「30時間以上や30時間以下」としているのです。
「30時間以上や30時間未満」とするのが正しい。
こんな感じなので何が正しいかが読んでいて分からない。

まあ、堤氏の書くことに正しさを求めてはいけないのだけど・・・


先の記述の後に「皆保険制度でパートタイム国家に?」というタイトルをつけて7ページ書いているのだが、
先の誤りによって全く読む意味がないページと化しているので、スキップします。

まさかこれを引用していないですよね?

米国内科学会のデータによると、メディケイド患者は民間保険の加入者より50パーセント、無保険者より13パーセント死亡率が高いという。
これ検索しても出てこない、おかしいな~。

そりゃ見つからないはずだわ。
米国内科学会(American Society of Internal Medicine)は1998年にACPと合併して今はACPになっていて、この本の出版時点でも大分経っている。

検索の仕方を変えて「"13%" Uninsured Mortality Medicaid(13% 無保険 死亡率 メディケイド)」でやってみたら、
Forbs の記事や National Review というサイトの記事が見つかった。
両方とも次の同じ論文を参照していました。
Primary Payer Status Affects Mortality for Major Surgical Operations(一次支払者のステータスは、主要な外科手術の死亡率に影響を与えます)」
この論文はどの学会に出されたかというと、米国外科協会(American Surgical Association)なのです(論文のタイトルから内科でなく外科ですよね~)。

その論文と堤氏の記述との差分を示していきます。

単に「死亡率」とあるが、実際は「外科手術後の病院内死亡率」です。
「メディケイド患者は無保険者より13パーセント死亡率が高い」は正しいのだが、
「メディケイド患者は民間保険の加入者より50パーセント死亡率が高い」は正しくない。
実際は
「メディケイド患者は民間保険の加入者より2倍近く死亡率が高い」が正しい。

50%という数字に当てはまるものを探すと、
「メディケイド患者は無保険者より50パーセント入院期間が長い
というのが見つかる。

普通の人が引用すると、こんなクソみたいな間違いは無いのだが、天下の堤氏だから普通にあり得る。

IPAB

問題はこの予算削減額が、議会ではなく大統領が指名した「IPAB」と呼ばれる独立予算審議委員会によって決められることが。ここで決められた予算案に不満が出ても、メンバーが民間人のために、議会は一切手が出せなくなる。予算削減案をひっくり返す方法はたった一つ、議会の三分の二の反対票と同額のコストカット代替案の提出だが、これは実質的に不可能だ。
IPABは「Independent Payment Advisory Board」の略です。
「独立予算審議委員会」ねぇ。「Budget」がないのに「予算」と訳すか~。
「独立支払諮問委員会」が妥当だと思うが。

「議会の三分の二の反対票」というのは間違っています。
上院の五分の三です。

「メンバーが民間人」も間違い。
メンバーは15名で、大統領に任命、上院で承認され、フルタイムの連邦職員(兼業禁止)となります。

この制度について補足します。
一人当たりのメディケアの予算額成長率が決められたものを上回ったときに、この委員会の効力が発揮されます。
しかし、そういう状態になる前に2018年にこの制度は廃止されました。

詳細は以下参照のこと
https://www.kff.org/wp-content/uploads/2013/01/8150.pdf IPABを解説した資料
Patient Protection and Affordable Care Act IPABの根拠法の条文

パーフェクトミスリード

今後21項目もの新しい増税が、雪崩のようにやってくる。
この増税(※オバマケアに関するもの)による、向こう20年の税収見積もり総額はしめて5000億ドル(50兆円)。政府は膨大な新税にそなえて、2012年だけで3億5900万ドル(359億円)の予算を計上し、1000人のIRS(国税庁)税処理スタッフを新しく雇い入れた。
これを普通に読むと、増税にそなえて増員をしたと思いますよね。

国際ジャーナリストの堤氏をなめてもらっては困ります。
下のグラフを見ていただきましょう。
米国内国歳入庁の期末職員数
※「IRS Budget and Workforce | Internal Revenue Service」のデータをもとに作図

増やすどころか減らしているのです!

他におかしなところを指摘します。

「Internal Revenue Service」を「国税庁」と訳すか。「Internal」はどこにっちゃったのかな?
堤氏の住まない世界軸では「内国歳入庁」と呼びます。

「今後21項目もの新しい増税」と呼ぶが、増税だけではなく廃止、新税、減税、所得制限、報告義務、控除などが21項目に含まれます。
Obamacare Tax Increases Will Impact Us All
Taxes and the Affordable Care Act
で解説されています。

上記の記述の後に何の説明もなく次のグラフが貼られています。
オバマケア後のアメリカ医療費伸び率 2010-2019年

このグラフ凄いね。
「オバマケア後のアメリカ医療費伸び率 2010-2019年」とあるから、縦軸の単位はパーセントでしょうか?
毎年の伸び率だとすると2016年には2013年の約600%になるが、そんなはずがない。
どこかの年をベースにするにしても、基準点としては2010年の0に見える所しかない。
2010年の医療費が0であるわけないし。
伸び率について述べているのに、なぜ額が記されているのだ?
しかも、2010-2014の4年間におけるアメリカの医療費が170億ドル(1年あたり4000億円)であるはずがない。

など、ありえないことばかり。
ありがたいことに出典が載っているので調べました。
CBO: 98% of Spending in HC Bill Comes in Last 6 Yrs | The American Spectator

以下は元のグラフです。
Spending for expanding Coverage in 2010-2019 Under Democrats' Health Car Bill

こちらのグラフは縦軸の単位が10億ドルとちゃんと示されていますね(当たり前ですが)。

タイトルは「Spending for expanding Coverage in 2010-2019 Under Democrats' Health Car Bill(CBO)」とあり、
これを訳すと
「民主党の健康保険法案では2010年から2019年に保険拡大のための支出が発生する(議会予算局)」
となります。

「アメリカ医療費伸び率」などではなく、単にオバマケアで保険適用拡大させるために必要な金額が示されているだけ。

沈みゆく大国 アメリカ
堤 未果
集英社
2014/11/14

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