F1のタネが危ないことにしたい

タネが危ない」(野口勲)を読みました。

「はじめに」から飛ばしますね

よくできた野菜を選抜し、タネ採りを続ければ、普通三年も経てばその土地やその人の栽培方法に合った野菜に変化していく。
何を超適当なことを言っているのでしょうね。
だったら、温暖化に3年で対応できるって話になるが、そんなわけない。
単に生産者の好むものが選抜されているに過ぎない。

生命本来の無限の可能性を秘めたタネなのである。
F1となんら変わらない。F1も代を経て固定化すれば、同じ「固定品種」になる。
チャンチャラおかしいね。

「一粒万倍」という言葉に示されるように、一粒の菜っ葉のタネは、一年後に約一万倍に増え、二年後はその一万倍で一億粒。三年後には一兆粒。四年後はなんと一京粒だ。
・・・
F1種は現在、雄性不稔という花粉のできない突然変異の個体から作られることが多くなっている。子孫を残せないミトコンドリア異常の植物だけが、たった一粒から一万、一億、一兆、一京と無限に殖やされて、世界中の人々が食べていることを、どれだけの人が知っているだろう。
この本では、雄性不稔性のことがあちこちに登場するが、こんな基本的なところから間違っているとは驚きですね。

生物機能利用研究部門:や行 | 生物機能利用研究部門」から「雄性不稔」の説明を引用します。
温度などの環境要因や遺伝的要因により、受精可能な花粉(雄性配偶子)をつくることができない現象。
受精できないだけで、花粉はできるのですよね(ただし、花粉すらできないものはある)。

「異常の植物だけが、たった一粒から一万・・・と無限に殖やされ」もメンデルの法則をまるで理解していないのがバレバレですね。
詳細はこちらに書いてありますが、稔性回復遺伝子を持つ場合は劣性遺伝します。
中学生の時に習ったメンデルの法則を思い出してください。
F1では雄性不稔性は発現しないし、F2も1/4しか発現しない。
だから、「一年後に約一万倍に増え、二年後はその一万倍で一億粒」の雄性不稔性を持つ種子ができるはずがない。
そもそも、雄性不稔性が発現したものは受粉できる花粉ができないので、受粉できない可能性が高くなり、その遺伝子が残る確率はより減るでしょう。
お話になりませんわ。

こんな本がAmazonで「遺伝子・分子生物学」に分類されているのだから笑えますね。

飯能市

僕は東京都の青梅で生まれた。埼玉県の飯能市という小さな町のタネ屋の三代目として。
・・・
専業農家が存在しないから、高価な交配種=F1を大量に買ってくれるお客さんもいない。
飯能市には専業農家が存在しないそうです。
東京都千代田区ならわかるが、飯能市でそんなわかあるか!
統計はんのう - 飯能市」を見ると、平成27年に696戸中74戸が専業農家とのことです。

こんなところで読者を騙す必要性はないので、編集者がダメダメなのか、チェックをしたら本として成り立たなくなるので最初からチェックをあきらめたのかな?
酷いクオリティです。さすがにこのレベルのものをいちいち指摘したら、こっちが大変なので、超ヤバイものだけを対象にしていきます。

中学理科を勉強しなおしてこい!

以下のデタラメな図を使ってメンデルの法則を説明しています。

ひょうたんとかんぴょうのメンデルの法則

ちょろっと調べた感じでは、京都大学生態学研究センター長のページ「Lecture Note」がメンデルの法則を理解するのに分かり易いですね。
忘れてしまった方は見てもらえればよいですが、本にこんなデタラメを書くのは有り得ないですね。
ダメダメな理由を解説しましょう。

F1(1世代目)で苦いかんぴょうだけができているので、「くびれ無し」と「苦い」が優性であり、「くびれ有り」と「苦くない」が劣性であることがわかる。
F2では、苦くない・くびれ無し、苦い・くびれ有りも発現するはずなのだが、それがない。
「苦くない」が、ひょうたんだけに発現するのは、メンデルの法則の「独立の法則」に反しています。

「独立の法則」とは、「二つの対立遺伝子はそれぞれ独立して分配される」というもので、偏っているのでおかしいのです。
そもそも、この偏りがあるのならば、「くびれ無し」「苦くない」の一番上右のはできないはずで、矛盾しまくりなのです。

野口氏の親とF1の説明が正しい前提ですが、本当ならば以下のようになるはずです。
ひょうたんとかんぴょうのメンデルの法則(正解のはず)

野口氏は、

かんぴょう(苦い)優性×1
かんぴょう(苦い)雑種×2
ひょうたん(苦くない)劣性×1

と書いているが、同じような表現をすると、私の図では次のようになります。

かんぴょう(苦い)優性×1
かんぴょう(苦い)雑種×8
かんぴょう(苦くない)雑種×3 ←野口氏は、これを完全無視
ひょうたん(苦い)雑種×3   ←野口氏は、これを完全無視
ひょうたん(苦くない)劣性×1

ひょうたん(苦い)の存在をど無視しているので、野口氏の言ったことに騙されると、苦いひょうたんを3/4の確率で引いてしまうことになります。
なお、ひょうたんの多くにはククルビタシンという毒があるらしいです。

三浦大根

三浦大根という三浦半島産の大根がある。名前を知っている方も多いと思う。しかし、現在流通している三浦大根で、昔からの固定種のものは一つもない。三浦半島で作られている三浦大根は、すべて「黒崎三浦」という名のF1である
よくもまぁこんなデタラメばかり書けるね。
書く前に少しは調べるということを知らないのかね。

だいこん 三浦野菜生産販売連合 産地 野菜 栽培 出荷
これは、2005年の記事だが、三浦大根として「中葉」「黒崎」「三浦」とあります。
神奈川県農業技術センター・三浦半島地区事務所」の資料によると、一般に三浦大根と呼ばれるものには、次のものがあると書かれています。

おふくろ、竜神三浦、三浦大根、冬どり三浦、味岬、黒崎三浦、中葉、中葉3号

先の「中葉」「黒崎」「三浦」は「中葉」「黒崎三浦」「三浦大根」のことでしょう。
「三浦大根」はF1ではありません。

そのため、「黒崎三浦」だけでなく、全てがF1でもない。
読者を馬鹿にしていますね。

この本には「すべて」という表現がやたらと登場するが、ぱっと見る限りほとんどが間違いです。

それは単に選抜の結果にすぎない

長ナスは九州と東北にあるが、東北の長ナスは、豊臣秀吉の朝鮮出兵で日本中の大名が博多に集められたとき、九州の長ナスを仙台藩の侍が国へ持ち帰って生まれたそうだ。
九州にいたときは、暑さの中で大きく茂り、葉数が十数節ぐらいまで育たないと花をつけない晩生系のナスだったが、東北の冷涼な気候に適応して、もっと小さいうちから花を咲かせ実をつけるように変化した。遅いと寒さで子孫を残せないためだ。味も、焼きナスなど加熱利用が多い九州と違って、東北は漬物文化だから、漬物に適したやわらかいものが好まれ、選抜を続けた結果生まれたのが、「仙台長ナス」である。風土と食生活の違いが、固定種の遺伝子を刺激して変化させたわけだ。
こんなデタラメを信じる人がいるとすると、それは一つの驚きですね。
加熱するかどうかで、野菜の遺伝子が変わるのではない。その地域に好まれる性質をもつものが選抜されてきただけ。

リスペクトが無いね

P96に「自分の作った野菜を食べたことがない農家も普通になってきた。」と書いてある。
そんなわかあるか!
ということで、Twitterで農家さんに聞いてみました。

N=21と少ないですが「自分の作った野菜を食べたことがない農家」は全く普通ではない、という結果が出ました。

来ました!F1不妊原因説

ミツバチの蜂群崩壊症候群(CCD)の原因がF1だという説について書かれています。
僕の仮説はこうだ。
・・・
2 ミツバチたちはミトコンドリア遺伝子異常の蜜や花粉(花粉親のミトコンドリアは正常だが、雄性不稔株はおうおうにして自分の異常を直そうと修復を図るそうだから、修復途中の異常花粉が混じることもあるだろう)を集め、ローヤルゼリーにし次世代の女王バチの幼虫に与える。与えられて育った女王バチは、サナギになり、羽化して巣を継承する。
・・・
5 ミトコンドリア異常の餌で育った女王バチは、世代を重ねるごとに異常ミトコンドリアの蓄積が多くなり、あるとき無精子症のオスバチを生む。
6 巣のオスバチすべてが無精子症になっていることに気づいたメスの働きバチたちはパニックを起こし、巣の未来に絶望するとともに本能に基づく奉仕というアイデンティティーを失い、集団で巣を見捨てて飛び去る。
「ミトコンドリア遺伝子異常の蜜」はさすがですね。
蜜の成分が何なのかを知っていればこんな馬鹿なことは書けない。
蜜の正体は糖なので、細胞でなければミトコンドリアでもないので、ミトコンドリア遺伝子は含まれない(「蜜腺と蜜の生物学」「ハチミツの化学」)。

「はじめに」に雄性不稔の場合は、花粉ができないと書かれていた。それに従うと雄性不稔の花粉をミツバチは摂取できない。
それを回避するために「自分の異常を直そうと修復を図るそうだから、修復途中の異常花粉が混じる」と書いているのだろう。
だが、その「異常花粉」はごく少数でないとF1が成り立たない。
ごく少数の「異常花粉」と大量の「通常花粉」をミツバチが摂取するのに、どうして「異常ミトコンドリアの蓄積」が起きるのは何故でしょうか?
植物のミトコンドリア遺伝子を取り込むと仮定したとしても、外部の比率に比例しないのですか?
「異常花粉」のミトコンドリア遺伝子だけを優先的に取り込んでしまうのですか?
辻褄がまるで合いませんね。

上記の2つのことから「異常ミトコンドリアの蓄積」は起きませんね。


しかし「巣のオスバチすべてが無精子症になっていることに気づいた」は凄いですね。
オスバチは育って巣を飛び立ち、他の巣から飛び立った女王蜂と交尾をしたら死にます。
女王蜂がオスバチしか生めなかった(オスは無性生殖)ことで無精子症になったことを判別不可能だと思うのだが、どういう原理で働きバチが知り得るのでしょうか?

もし雄性不稔の蜜や花粉を餌に育ったミツバチが無精子症になっているとしたら、ミツバチで起こったことは、同じ動物である人間にもきっと起こるだろう。そのとき世界中の食糧作物がみんな雄性不稔になっていたら、取り返しがつかないのだ。
ヒトにも言及しましたね。

ここで、根本的な指摘をしましょう。
こちらに詳しく書きましたが、植物と動物のミトコンドリアは大きさも数も違う(もちろんミトコンドリア遺伝子も違う)のです。
核遺伝子とミトコンドリア遺伝子は完全に独立して動いているわけではありません。
その例として、稔性回復遺伝子という核遺伝子の作ったタンパク質がミトコンドリアに作用して稔性を回復させます。
そのため、植物のミトコンドリアを動物に入れてもまともに生きていけるとは思えない。

その証拠として、草食動物は大昔から植物を食べていますが、体に植物のミトコンドリアを取り込んでいません。
ミツバチ・ヒトがたかだか100年程度で植物のミトコンドリア遺伝子を取り込むとは到底思えない。
そんな簡単に取り込むのならば、光合成のできる動物がいるはずです。


ちなみに野口氏は「自然界では大根とキャベツはゲノム(全遺伝情報)が違うから、絶対混ざらない」と書いていました。
植物界でもちょっと離れていると交雑しないのに、ミトコンドリア遺伝子は植物・動物の垣根を越えて簡単に混ざるのは何故ですか?って聞いてみたいですね。

そもそも、腸内で他の生物の遺伝子をアミノ酸に分解しない状態で取り込むのでしょうか?
そして、それが生殖細胞までたどり着くのでしょうか?

「終わりに」で、このCCDのF1原因説を「どれくらい信じているの?」と聞かれた時の回答が載っていました。
75%とのことです。

この非科学的な説を立証するために越えなければならない科学的ハードルは次のものです。

1.糖が主成分の蜜に植物の持つミトコンドリア遺伝子が含まれないといけない。
2.ミトコンドリア遺伝子が胃・腸で分解されず、腸で吸収され、肝臓で分解さず、生殖細胞までたどりつかないといけない。
3.植物と動物のミトコンドリアは大きさ・数が違い、もちろんミトコンドリア遺伝子が違う。
  また、核遺伝子とミトコンドリア遺伝子は協調して働く。
  それにもかかわらず、植物のミトコンドリア遺伝子を動物に取り込んでも細胞として問題なく生き残れないといけない。
4.花粉を作らない雄性不稔もあるので、ミツバチが集める花粉は稔性のある方が多い。
  雄性不稔の花粉のミトコンドリア遺伝子を優先的に生殖細胞が取り込まないといけない。
5.オスが無精子症になったことをメスが外部から判別できなければならない。

タネを扱う会社の代表がこのレベルの法知識だとは驚きだ

ある会社が長いゴボウに放射線を当てたところ、丈が縮まり、早く成育するようになったので、「コバルト極早生」という名前をつけ、「家庭菜園に最適です」と売り出した。
だが、コバルトという名前がよくなかったのか、あまり売れなかった。十五年経って品種登録が切れる前にもう一度、放射線を当ててみた。すると、さらに丈が短くなったうえに、ゴボウ特有のあくがなくなった。あくは遺伝子が傷ついてなくなったようだ。「これはサラダで食べられる」と、この会社は「てがるゴボウ」と名づけた。
その後、タキイがそれを買って、「サラダむすめ」という名前で売り出した。これが今評判になり、サラダゴボウとして売られている。自家採種可能だが、それをすると品種登録法違反で訴えられる。
「品種登録法」という法律は、今も昔も存在しません。
昭和22年に農産種苗法ができて、平成10年に種苗法に変わりました。
経緯については「種苗法の沿革と知的財産保護」参照。

そして、登録品種の自家採種自体は、今も昔も可能です。自家採種したものを他人に渡すことに制限がかかるだけ。
旧種苗法においては登録品種の一部、新種苗法においては全ての登録品種に制限がかかる可能性はあります。

この本は2011年出版なので旧種苗法が有効で「自家増殖に育成者権の効力が及ぶ植物(野菜・果樹)」に無いものは制限を受けません。
これを見ると、ゴボウは含まれないので「訴えられる」ことはありません。

品種登録迅速化総合電子化システム」で調べるともっと面白いことを見つけました。
コバルト極早生
てがる

「訴えられる」と言っている「てがる」は、2010/03/24に育成者権が消滅しているので、なおのこと「訴えられない」。
キタイが「てがる」を買ったとも言っているが、品種登録者が「株式会社柳川採種研究会」のままで「キタイ」に移っていません。
単に独占利用の契約をしたかもしれないが、それは「タキイがそれを買って」とは言わないでしょう。

しかし、種苗販売を生業にする著者がこの知識レベルであるとは驚きです。
顧客にこのデタラメを垂れ流していると思うと、そら恐ろしいですね。


以上、デタラメ満載の本の特にヤバイ部分のツッコミをしました。
本職の生物学者・農学者が読んで真面目にツッコんだらどれくらいの分量になるか想像もつきませんね。

タネが危ない
野口勲
日本経済新聞出版
2011/9/1

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