高校生は身につけよう デマへの耐性力

「高校生と考える 未来への想像力」(堤未果ほか)を読みました。
「多彩な分野の第一線で活躍する方々」「それぞれの専門家」ねぇ。
堤氏は何の専門家としてその分野で第一線で活躍しているのだろう?
ありえるとしたら、「デマを発信する」専門家ですかね。
間違っても、高校生に「Got Milk?」を「ミルクを飲みなさい」だと教えてもらいたくないですね。
以下はWikipediaからの引用ですが、世界貿易センター(WTC)と世界金融センター(WFC)の当時の地図です。
ツインタワーはWTC1とWTC2で、堤氏がいたのはWFC2です。

※「ワールドトレードセンター (ニューヨーク) - Wikipedia」より引用
隣といえるのは、WTC3、4、6です。WFC2は隣ではなく道を隔てた向かいのビルです。
「ジャーナリスト」としての処女作である「グラウンド・ゼロがくれた希望」では「世界貿易センターからこのビルまでは、ほんの数メートルの距離だ」(実際は100mほど離れている)と言っていたので、それに比べればまともです。
「グラウンド・ゼロがくれた希望」でも「目の前にハドソン川があり・・・30m先にいつもの船着場が見える」とあります。
そのため、走ったのは海の方に走ったのではなく、川のほうに走ったのです。
なお、別のデマ本「堤未果のショック・ドクトリン」では「旋回しながら落ちてくる」と書いていました。あの高さでは旋回はできない。
しかし、内容はまるで違います。
「おばあちゃんがわたしのところへやってきて」というが、実際はスーパーマーケットでレジ待ちしていて、列の前で話をしている人がその人です。やってきたわけではない。
そして「あいつらを皆殺しにしなきゃね。私たちとは違う人間だから」とは言っていない。
実際は「あんな残酷なことをするのは人間じゃありませんわ。神が許さない、この国が絶対に制裁を加えるべきね」と言ったことになっています。
非常に誤解を生む表現ですね。
3000台のカメラが設置されたのは9.11から7年後の2008年であり、9.11直後の話ではない。
また、スーパー、ガソリンスタンド、教室は監視対象ではない。
・The Apple of Its Eye: Security and Surveillance Pervades Post-9/11 New York City [Video] | Scientific American
・Lower Manhattan Security Initiative - Wikipedia
ChatGPTに聞いてみたら、以下のように言っていました。
全くのデタラメで人件費は減らされていない。以下は、現役軍人1人あたりのコストの推移を示したグラフです。

※「Understanding the Defense Budget | The Heritage Foundation」より引用
「予防原則」とは「深刻かつ回復不能な被害を引き起こすおそれがあり、その科学的確証が不十分な場合には、予防措置を講じるべきである」というものです。
そのため、
・限りなくリスクをゼロ
・事後対応より事前防止のほうが、コストがかからない
などという話ではない。
「絶対に安全」も酷いですね。「安全」とは「許容できないリスクがないこと」であり、相対的なものであり、「絶対」という言葉を持ち出す時点で「安全」を理解していないことを白状しているに等しい。
そもそも「限りなくリスクをゼロにしてからみんなに使ってもらう」といったら、太古から使っているものも含め何も使えなくなる。
高校生と考える 未来への想像力
堤未果ほか
左右社
2025/4/30
はじめに
本書『高校生と考える未来への想像力』は、桐光学園の「大学訪問授業」を通じて、多彩な分野の第一線で活躍する方々と生徒が対話し、未来について考えた記録です。科学、文学、哲学、社会問題など、多岐にわたるテーマを扱い、それぞれの専門家が見据える未来像を共有することで、生徒たちが視野を広げ、新たな発想を得る機会となりました。これは、桐光学園中学高等学校の岡村薫校長が書いた文章です。
「多彩な分野の第一線で活躍する方々」「それぞれの専門家」ねぇ。
堤氏は何の専門家としてその分野で第一線で活躍しているのだろう?
ありえるとしたら、「デマを発信する」専門家ですかね。
間違っても、高校生に「Got Milk?」を「ミルクを飲みなさい」だと教えてもらいたくないですね。
第1章 社会を動かす声 堤未果 社会の真実の見つけ方
わたしがジャーナリストになったのは、ある事件―2001年9月11日にアメリカのニューヨークで起きた同時多発テロがきっかけです。この人を「ジャーナリスト」と呼ぶに値するかは大いに疑問ですが、「世界貿易センターの隣のビルで働いていました」は、あからさまに間違っています。
・・・
事件当日の朝、わたしは爆発のあった世界貿易センターの隣のビルで働いていました。
以下はWikipediaからの引用ですが、世界貿易センター(WTC)と世界金融センター(WFC)の当時の地図です。
ツインタワーはWTC1とWTC2で、堤氏がいたのはWFC2です。

※「ワールドトレードセンター (ニューヨーク) - Wikipedia」より引用
隣といえるのは、WTC3、4、6です。WFC2は隣ではなく道を隔てた向かいのビルです。
「ジャーナリスト」としての処女作である「グラウンド・ゼロがくれた希望」では「世界貿易センターからこのビルまでは、ほんの数メートルの距離だ」(実際は100mほど離れている)と言っていたので、それに比べればまともです。
幸いにも、わたしは海のほうに走ってフェリーに飛び乗りニューヨークから離れることができました。Googleマップで見ればわかりますが、フェリーはWFC2のすぐ目の前のハドソン川にあります。
「グラウンド・ゼロがくれた希望」でも「目の前にハドソン川があり・・・30m先にいつもの船着場が見える」とあります。
そのため、走ったのは海の方に走ったのではなく、川のほうに走ったのです。
フェリーからビルのほうを見ると、ガラスの欠片や黒い塊がキラキラと落ちていくのが見えました。燃えているビルの高層階から暑さに耐えられず何人も飛び降りていたのです。おかしいですね。「グラウンド・ゼロがくれた希望」では、ビルから落ちる人を見た後に隣の部署の人に手を引かれ走ってフェリーに行ったと書いてあります。
なお、別のデマ本「堤未果のショック・ドクトリン」では「旋回しながら落ちてくる」と書いていました。あの高さでは旋回はできない。
あのテロも確かに怖かったですが、ジャーナリストになることを決意したのは、もう一つ別の恐ろしい体験でした。「グラウンド・ゼロがくれた希望」のp.59にこの話が載っています。
・・・
でも、9.11が起こった後にアパートから出たら、まるっきり光景が変わっていたのです。まず玄関にあった可愛らしい飾り付けは消え、代わりにどの家のドアにもアメリカの国旗がびっしり並んでいました。そして、いつもはすごく優しいおばあちゃんがわたしのところへやってきて、こういうのです。「あいつらを皆殺しにしなきゃね。私たちとは違う人間だから」と。
しかし、内容はまるで違います。
「おばあちゃんがわたしのところへやってきて」というが、実際はスーパーマーケットでレジ待ちしていて、列の前で話をしている人がその人です。やってきたわけではない。
そして「あいつらを皆殺しにしなきゃね。私たちとは違う人間だから」とは言っていない。
実際は「あんな残酷なことをするのは人間じゃありませんわ。神が許さない、この国が絶対に制裁を加えるべきね」と言ったことになっています。
アメリカは本来、自由の国です。アメリカの憲法で一番大事にされているのが、自由におかしいことはおかしいといえる権利、言論の自由です。では、合衆国憲法から「言論」に関する部分を「アメリカ合衆国憲法 - Wikisource」から引用しますか。
修正第1条言論の自由を制限する法律を作ってはならないとあるだけで、各自の言論の自由については何ら言及していない。
連邦議会は、国教を樹立し、若しくは信教上の自由な行為を禁止する法律を制定してはならない。また、言論若しくは出版の自由、又は人民が平穏に集会し、また苦痛の救済を求めるため政府に請願する権利を侵す法律を制定してはならない。
非常に誤解を生む表現ですね。
次にいつテロリストが仕掛けてくるかわからないから、隅々まで監視して、テロが起こる前の段階で止めて国民を守ろうとしたのです。国際デマ屋の本領発揮し始めましたね。
そこでまず、ニューヨークの街全体に3000台の監視カメラが設置されました。スーパーやガソリンスタンド、その辺の道、そして、教室の真ん中にもカメラが置かれ、どんなことを授業でやっているか、先生が何を教えているかまで録画されました。
3000台のカメラが設置されたのは9.11から7年後の2008年であり、9.11直後の話ではない。
また、スーパー、ガソリンスタンド、教室は監視対象ではない。
・The Apple of Its Eye: Security and Surveillance Pervades Post-9/11 New York City [Video] | Scientific American
・Lower Manhattan Security Initiative - Wikipedia
「ハイジャック犯はどういう人たちだったのか?」と書いた新聞記者はクビになりました。わたしの友人のジャーナリストは、戦争はやりたくないと抗議していた人たちを取材しただけで刑務所に行きましたし、大学の先生も「どうしたらテロのない世界がつくれるか、みなさんで一緒に話し合いましょう」という授業をしてクビになりました。胡散臭いねぇ。本当にこんなことありましたか?
ChatGPTに聞いてみたら、以下のように言っていました。
これらはいずれも都市伝説や誤情報の類であり、現在のところ「事実」として裏付けられたものはありません。もし具体的な氏名や日時、関係機関の公的文書等が示されれば再検討しますが、現状では「事実無根」と判断されます。
ブッシュ大統領が軍事予算を増やしていたはずなのにお金がないなんておかしいと思いましたが、調べてみるとそのほとんどは武器を買うことに使われていて、採用費や兵士たちの給与はむしろかなり減らされていることがわかりました。デマ屋を教育の場に連れて行くのが有害であることがわかりますね。
全くのデタラメで人件費は減らされていない。以下は、現役軍人1人あたりのコストの推移を示したグラフです。

※「Understanding the Defense Budget | The Heritage Foundation」より引用
政治の世界には、限りなくリスクをゼロにしてからみんなに使ってもらう「予防原則」という考え方があります。「予防原則」の説明は絶望的に間違っている。
▼予防原則
「絶対に安全」とも「絶対に有害」とも判別がつかない段階でも、後悔するよりも先に安全策を取る考え方のこと。事後対応より事前防止のほうが、コストがかからないという考え方に基づいている。
「予防原則」とは「深刻かつ回復不能な被害を引き起こすおそれがあり、その科学的確証が不十分な場合には、予防措置を講じるべきである」というものです。
そのため、
・限りなくリスクをゼロ
・事後対応より事前防止のほうが、コストがかからない
などという話ではない。
「絶対に安全」も酷いですね。「安全」とは「許容できないリスクがないこと」であり、相対的なものであり、「絶対」という言葉を持ち出す時点で「安全」を理解していないことを白状しているに等しい。
そもそも「限りなくリスクをゼロにしてからみんなに使ってもらう」といったら、太古から使っているものも含め何も使えなくなる。

堤未果ほか
左右社
2025/4/30
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