動物たちの「増え過ぎ」と絶滅を科学する
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『動物たちの「増え過ぎ」と絶滅を科学する』(齊藤隆)を読みました。
目に留まったものを記録しておきます。
・江戸時代に対馬でイノシシ・シカの食害に苦しんでいたので「猪鹿逐詰」という駆除事業が行われた。
イノシシは絶滅させて、シカは一部を狩猟の対象として残すだけとなった。
生類憐みの令があったのに何故これができたかというと、獣を追い払ってもダメで止むを得ない場合は殺すことは可能だった。
刀狩で農民は銃を持っていなかったので、幕府の鉄砲方が対応していたが、手が回らず農民も銃を使用できるようになった。
・明治に北海道開拓で牧場を作ろうとしたが、オオカミの被害が大きいので駆除をしたがそのやり方が凄い。
野生のシカ、オオカミに被害に遭った馬の肉に猛毒を混ぜたものを撒いてオオカミに食べさせるというもの。
高額な報奨金制度もあって19世紀末にはエゾオオカミは絶滅した。
オオカミはアイヌにとって動物神であったが、駆除に対してはっきりとした抵抗は示さず、報奨金を受け取った狩猟者の7割近くがアイヌ名だった。
『2001年度分野別研究 オオカミ・ヒグマ・カラス 明治期北海道における「有害鳥獣獲殺手当」をめぐって』
・「鼠いじめ」(ネズミをイヌがどれだけ殺せるか賭ける)などの「ブラッド・スポーツ」がイギリスで流行った。
これの状況を見て「粗野で野蛮で無教養な庶民を教導しなければならない」と考える人がいたそうだ。
「快楽としての動物保護」という本にも書かれていた話ですね。
・エゾシカは缶詰・毛皮(1875年には76422枚)のために捕りすぎて1890年に禁漁にした。
1955年にオスシカ猟は解禁されたが、1990年代までにかつての生息域のほぼ全てにエゾシカがいるほどに回復した。
1990年代前半までは、希少生物のほとんどの保護計画で目標数値は定められていなかった。
エゾシカの個体数を調べるのに「スポットライト調査法」というのが使われた。
それは、夜に車でゆっくり進み、スポットライトで牧草地などを照らして光る眼を見つけ、エゾシカだと判断できた数を測定するというもの。
夜行性の動物は網膜の後ろに反射板(輝板)を持ち、これにより暗い環境でもよく見える。また、輝板は光を反射するため、観察者からは、シカは白く、キツネやウサギは赤く目が光って見える。
写真でヒトの眼が光っているのは、輝板ではなく網膜で反射しているのであって、弱い光だと眼は光らない。
・「クマ類の保護管理の経緯と法制度」
この論文ではツキノワグマが2000頭以上捕獲されたら大量発生と呼んでいて、2004年から11年では5回起きていたが、2016年以降は毎年発生している。
・反証可能性について、わかりやすく書かれています。
斎藤氏を見習うべきですね。比較された斎藤氏は不満でしょうが。
・分類学の父と呼ばれるリンネは敬虔なキリスト教徒であり、神が世界を創造した時に用いた美しい秩序を明らかにしようとした。
キリスト教は一神教なので、自然界の法則はシンプルでエレガントであるべきだという考えがあるが、多神教の日本は突き詰める時に甘さが残るという。
「科学者はなぜ神を信じるのか」という本で神と科学について語られていたが、こういう考え方もあるのですね。
・生態学理論の柱の一つとして「ロジスティック式」というのがある。
個体密度が低いと個体数増加は少ないが、ある程度増えると増加率が上がり、ある所で頭打ちになる(その環境で収容できる量が上限となる)。
これを表した式。
これをアメリカにあてはめると1950年まではキレイに合致するが、それ以降はロジスティック式の上限を超えて人口が増えている。
式によると2億人が限度と見積もられるが、実際には3億人を超えている。式とはずれたのは、移入と食料供給量が増えたことによる。
同じように全世界に適用すると、125.5億人が上限となる。現状は式にキレイに合致する。
世界で見ると移民・食料移動があっても、世界全体では変わらないので、アメリカのようなズレが起きていない。
ガンダムの世界のように宇宙からの資源が来ない限り式にあった増え方をするかも。
生物資源管理学では、ロジスティック式を基に資源量の変化を考え、最大の増加量は環境収容力の半分となるそうだ。
「ルポ 食が壊れる 私たちは何を食べさせられるのか?」(堤未果)というデマ本へのツッコミをする時に40%が最も生産的だと書かれている論文を見つけたが、この考えがベースになっているかもしれない。
・「アリー効果」というものがあり、大きな集団の方が生存に有利になり、低密度になると生存率・繁殖率が下がり、個体群がさらに減少するというもの。
・動物実験によく使われるラット・マウスは遺伝的に均一な品種を使っているが、これらはネズミなどの齧歯類で例外的な種。
ほとんどの齧歯類は近親交配を続けると数世代で子が生まれなくなる。
遺伝的多様性のことは「世界は進化に満ちている」にありました。
特別にどこかの分野の本を読んでいるわけではないが(福島第一原発事故関係、農業・食の安全系を除く)、いろいろ繋がっていて面白いですね。
動物たちの「増え過ぎ」と絶滅を科学する
齊藤隆
ミネルヴァ書房
2025/10/17
目に留まったものを記録しておきます。
・江戸時代に対馬でイノシシ・シカの食害に苦しんでいたので「猪鹿逐詰」という駆除事業が行われた。
イノシシは絶滅させて、シカは一部を狩猟の対象として残すだけとなった。
生類憐みの令があったのに何故これができたかというと、獣を追い払ってもダメで止むを得ない場合は殺すことは可能だった。
刀狩で農民は銃を持っていなかったので、幕府の鉄砲方が対応していたが、手が回らず農民も銃を使用できるようになった。
・明治に北海道開拓で牧場を作ろうとしたが、オオカミの被害が大きいので駆除をしたがそのやり方が凄い。
野生のシカ、オオカミに被害に遭った馬の肉に猛毒を混ぜたものを撒いてオオカミに食べさせるというもの。
高額な報奨金制度もあって19世紀末にはエゾオオカミは絶滅した。
オオカミはアイヌにとって動物神であったが、駆除に対してはっきりとした抵抗は示さず、報奨金を受け取った狩猟者の7割近くがアイヌ名だった。
『2001年度分野別研究 オオカミ・ヒグマ・カラス 明治期北海道における「有害鳥獣獲殺手当」をめぐって』
・「鼠いじめ」(ネズミをイヌがどれだけ殺せるか賭ける)などの「ブラッド・スポーツ」がイギリスで流行った。
これの状況を見て「粗野で野蛮で無教養な庶民を教導しなければならない」と考える人がいたそうだ。
「快楽としての動物保護」という本にも書かれていた話ですね。
・エゾシカは缶詰・毛皮(1875年には76422枚)のために捕りすぎて1890年に禁漁にした。
1955年にオスシカ猟は解禁されたが、1990年代までにかつての生息域のほぼ全てにエゾシカがいるほどに回復した。
1990年代前半までは、希少生物のほとんどの保護計画で目標数値は定められていなかった。
エゾシカの個体数を調べるのに「スポットライト調査法」というのが使われた。
それは、夜に車でゆっくり進み、スポットライトで牧草地などを照らして光る眼を見つけ、エゾシカだと判断できた数を測定するというもの。
夜行性の動物は網膜の後ろに反射板(輝板)を持ち、これにより暗い環境でもよく見える。また、輝板は光を反射するため、観察者からは、シカは白く、キツネやウサギは赤く目が光って見える。
写真でヒトの眼が光っているのは、輝板ではなく網膜で反射しているのであって、弱い光だと眼は光らない。
・「クマ類の保護管理の経緯と法制度」
この論文ではツキノワグマが2000頭以上捕獲されたら大量発生と呼んでいて、2004年から11年では5回起きていたが、2016年以降は毎年発生している。
・反証可能性について、わかりやすく書かれています。
この予測と反証の手続きの重要性を広めたのは、現代科学の基本的な考え方に大きな影響を残した英国の哲学者、カール・ポッパー(Karl Raimund Popper)でした。彼は「科学の進歩は、ある理論に沿った肯定的な事例が蓄積されていくことによって起こるのではなく、これまでの理論が反証されることによって、新しい理論にとって代えられるところで起こる」と考えました。鍵となるのは反証可能性とより説明力がある論理的な枠組み(理論あるいは仮説)です。これまで説明できなかったことが新しい考え方で説明できることを、証拠を示しながら論証することで科学が進歩していくのです。また、反証可能性は疑似科学を見分けることにも役立ちます。精神分析学の創始者として知られるジークムント・フロイト(Sigmund Freud)は「人間の行為は無意識の性的欲求に原因がある」と考え、リビドー論を提唱しましたが、「無意識の性的欲求」を除いた状態でのヒトの行動は観察できないので、反証が不可能なために、科学とは言えません。以前、「科学的に正しいサプリダイエット」という本に「反証可能性」のことが書かれていたのですが、説明は「再現性」のものであり、「科学的に正しい」本ではありませんでした。
斎藤氏を見習うべきですね。比較された斎藤氏は不満でしょうが。
・分類学の父と呼ばれるリンネは敬虔なキリスト教徒であり、神が世界を創造した時に用いた美しい秩序を明らかにしようとした。
キリスト教は一神教なので、自然界の法則はシンプルでエレガントであるべきだという考えがあるが、多神教の日本は突き詰める時に甘さが残るという。
「科学者はなぜ神を信じるのか」という本で神と科学について語られていたが、こういう考え方もあるのですね。
・生態学理論の柱の一つとして「ロジスティック式」というのがある。
個体密度が低いと個体数増加は少ないが、ある程度増えると増加率が上がり、ある所で頭打ちになる(その環境で収容できる量が上限となる)。
これを表した式。
これをアメリカにあてはめると1950年まではキレイに合致するが、それ以降はロジスティック式の上限を超えて人口が増えている。
式によると2億人が限度と見積もられるが、実際には3億人を超えている。式とはずれたのは、移入と食料供給量が増えたことによる。
同じように全世界に適用すると、125.5億人が上限となる。現状は式にキレイに合致する。
世界で見ると移民・食料移動があっても、世界全体では変わらないので、アメリカのようなズレが起きていない。
ガンダムの世界のように宇宙からの資源が来ない限り式にあった増え方をするかも。
生物資源管理学では、ロジスティック式を基に資源量の変化を考え、最大の増加量は環境収容力の半分となるそうだ。
「ルポ 食が壊れる 私たちは何を食べさせられるのか?」(堤未果)というデマ本へのツッコミをする時に40%が最も生産的だと書かれている論文を見つけたが、この考えがベースになっているかもしれない。
・「アリー効果」というものがあり、大きな集団の方が生存に有利になり、低密度になると生存率・繁殖率が下がり、個体群がさらに減少するというもの。
・動物実験によく使われるラット・マウスは遺伝的に均一な品種を使っているが、これらはネズミなどの齧歯類で例外的な種。
ほとんどの齧歯類は近親交配を続けると数世代で子が生まれなくなる。
遺伝的多様性のことは「世界は進化に満ちている」にありました。
特別にどこかの分野の本を読んでいるわけではないが(福島第一原発事故関係、農業・食の安全系を除く)、いろいろ繋がっていて面白いですね。
動物たちの「増え過ぎ」と絶滅を科学する齊藤隆
ミネルヴァ書房
2025/10/17
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