報道の責任からの「自由」(自由報道協会)④畠山理仁編
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「自由報道協会が追った3.11」を読みました。
4回目は「畠山理仁:フリー記者を排除した官邸会見 ~情報公開の遅れが被害を拡大させた~」です。
過去の回は、こちらから見てください。
なぜ畠山氏の文章を読もうと思ったかというと、以下のように他人の病気を揶揄するようなことをしていたからです。
だが、実際には事故発生当日から避難指示を出している。
※「東日本大震災・発生6カ月ドキュメント | nippon.com」参照
新潟県のサイトにある「メルトダウンの公表に関するこれまでの検証状況について」を見れば時系列がまとまっていますが、単に正式にメルトダウンを認めたのが5月だというだけで、それまでもそれらしき情報は外に出てきている。
メルトダウンを公式に認めなかったから被曝が拡大したという根拠は何も示されていないので、ファクトチェックをしたとすると「根拠なし」となるでしょう。
なお、地元の福島民友新聞では事故発生から2日後の社説「東日本大震災/総力挙げ原発損傷に対処を」で次のように書いています。
参考情報ですが、2022年の報道で福島第一原発の1~3号機は典型的なメルトダウンではなかったそうです。
《「文部科学省及び米国エネルギー省航空機による航空機モニタリング」測定結果》と言っているのは、次から確認できます。
「放射性物質の分布状況等調査による航空機モニタリング ( H23年度 - H25年度 文部科学省, 米国エネルギー省, 原子力規制庁 ) | 放射性物質モニタリングデータの情報公開サイト」
上記サイトの一枚を見てもらうと分かりますが、北東30km以上で、黄色・赤がある所が「100万から1470万ベクレル/m2になる地域」であり、それは「浪江町・飯舘村・川俣町の一部」になります。
川俣町の一部を具体的に見てみましょう。
「川俣町 災害記録誌 東日本大震災および東京電力福島第一原子力発電所事故災害」
この資料に詳しく載っています。
「チェルノブイリ原発事故後に強制移住の対象となった55.5万ベクレル/m2」を、μSv/hに単純変換はできませんが、概ね 1.5 ~ 3 μSv/h 程度とのこと。
※「地表面の汚染から受ける線量 :放射線診療への疑問にお答えします」より
川俣町の資料のp.8を見ると、上記数字の上限3 μSv/h を超えるのは山木屋地区(2.98~10.70 μSv/h)であり、p.7 の黄色のところに該当します。
山木屋地区がどのような扱いとなったかをp.9から引用します。
福島県の「東京電力㈱福島第一原子力発電所の事故に関連する資料」によると、同日の4月22日に浪江町・飯舘村も計画的避難区域に指定されています。
畠山氏の文章を読むと、次のよう理解できます。
・5月6日の「浜岡原発停止要請」に関する菅総理緊急会見があった
・同日に、「文部科学省及び米国エネルギー省航空機による航空機モニタリング」測定結果の公表があった
・その発表では、チェルノブイリ原発事故後に強制移住の対象となった線量よりも高いところが、30km以上も離れた浪江町・飯舘村・川俣町の一部にあった
・「菅総理は6日の会見でこの事実に言及せず、何の対応策も語らなかった」
とあるので、
上記から「浪江町・飯舘村・川俣町の一部」では、チェルノブイリ原発事故後に強制移住の対象以上の線量だが放置された。
先ほど、事実を示した通り、「文部科学省及び米国エネルギー省航空機による航空機モニタリング」測定結果の公表である5月6日に先立つ4月22日に、計画的避難区域・緊急時避難準備区域に指定されています。
そのため、上記のような理解ができる文章は「ミスリード」であると言えます。
参考までに、ChatGPTに次のように聞いてみました。
「前提知識なく、この文章だけを読んだ場合、30km以上も離れた浪江町・飯舘村・川俣町の一部は、6日の段階では避難対象ではなく、会見後も何の対応をしなかったように理解する人はどのくらいいるか?」
すると、《「その地域は当時まだ避難対象ではなく、政府は事実上放置した」と理解する読者》が90%だと答えました。
一応、Geminiにも聞いてみたら、次のように答えました。
西牟田靖氏は、あのように書いていましたが、2011年時点から畠山理仁氏は酷かったということですね。
この件と直接関係ないですが、西牟田靖氏の本「誰も国境を知らない 令和版」を以前読みましたが、なかなか面白いものでした。
自由報道協会が追った3.11
扶桑社
2011/10/4
4回目は「畠山理仁:フリー記者を排除した官邸会見 ~情報公開の遅れが被害を拡大させた~」です。
過去の回は、こちらから見てください。
なぜ畠山氏の文章を読もうと思ったかというと、以下のように他人の病気を揶揄するようなことをしていたからです。
こうしたおふざけをしてしまうのは版元へのアピールもあるんだと思う。
— 西牟田靖@30年の現場取材でニュースの『裏』を読み解く (@nishimuta62) February 1, 2026
彼が集英社のノンフィクション賞を取ったときは嬉しかったし、パーティーにお祝いにも行った。
しかしだ。こういった姿をみて、私は賞をとらなくてよかったと思う。
2012年には一緒に尖閣に行ったんだがずいぶん道が分かれた。 pic.twitter.com/H5sCxKNdyo
それは関係ありますか?
結局、政府や既存メディアがメルトダウンを正式に認めたのは、実際にメルトダウンが起きた3月11日から2か月近く経ってからのことだ。もし、もっと早い段階で適切な情報開示と事故対応がなされていれば、被曝しなくてもよかった人々の被曝を拡大させることもなかったはずだ。メルトダウンを認めた5月まで、放射能漏れを一切公開せず、避難指示もせず、報道規制もしていたのならば、「被曝しなくてもよかった人々の被曝を拡大」させたと言えるでしょう。
だが、実際には事故発生当日から避難指示を出している。
※「東日本大震災・発生6カ月ドキュメント | nippon.com」参照
新潟県のサイトにある「メルトダウンの公表に関するこれまでの検証状況について」を見れば時系列がまとまっていますが、単に正式にメルトダウンを認めたのが5月だというだけで、それまでもそれらしき情報は外に出てきている。
メルトダウンを公式に認めなかったから被曝が拡大したという根拠は何も示されていないので、ファクトチェックをしたとすると「根拠なし」となるでしょう。
なお、地元の福島民友新聞では事故発生から2日後の社説「東日本大震災/総力挙げ原発損傷に対処を」で次のように書いています。
その「想定外」の地震で東京電力福島原子力発電所でも、国内でかつてない深刻な影響を受けた。福島第1原発1号機は放射性物質が漏えい、炉心溶融(メルトダウン)が起きたようだ。第2原発も冷却機能を喪失。さらに第1原発1号機の建屋で爆発音とともに白煙が上がる事故も相次いだ。とてもではないが、メルトダウンを正式に認めたことが遅れたことによって、被曝が顕著に多くなったとは思えない。
参考情報ですが、2022年の報道で福島第一原発の1~3号機は典型的なメルトダウンではなかったそうです。
福島原発事故、典型的メルトダウンではなかった https://t.co/xUMD2EaHfO
— 晴川雨読 (@Seisenudoku) September 3, 2022
「典型的メルトダウンでは、格納容器底部のコンクリートの床に落ちた溶融燃料はコンクリートを侵食し、格納容器を破壊する危険が生じる。溶融炉心・コンクリート相互作用(MCCI)と呼ばれる現象」
で福島ではそうではないと。
30km圏外の避難指示は出なかった?
そこまでしてフリーランスの記者を排除した本当の理由はわからない。しかし、6日の菅総理緊急会見の直前、福島原発事故対策統合本部で行われた記者会見では、もう一つの重大な発表が行われていた。それは「文部科学省及び米国エネルギー省航空機による航空機モニタリング」測定結果の公表だ。大いなるミスリードがありますが、それをいったん無視し、書かれていることの事実確認からしていきます。
ここで公表された資料からは、放射性物質のセシウム137(半減期30年)の地表面への蓄積量が100万から1470万ベクレル/m2になる地域が読み取れた。そこには原発から北西に30km以上も離れた浪江町・飯舘村・川俣町の一部も含まれていた。しかもこの数値はチェルノブイリ原発事故後に強制移住の対象となった55.5万ベクレル/m2をゆうに上回っていたのだ。
それでもなお、菅総理は6日の会見でこの事実に言及せず、何の対応策も語らなかった。
《「文部科学省及び米国エネルギー省航空機による航空機モニタリング」測定結果》と言っているのは、次から確認できます。
「放射性物質の分布状況等調査による航空機モニタリング ( H23年度 - H25年度 文部科学省, 米国エネルギー省, 原子力規制庁 ) | 放射性物質モニタリングデータの情報公開サイト」
上記サイトの一枚を見てもらうと分かりますが、北東30km以上で、黄色・赤がある所が「100万から1470万ベクレル/m2になる地域」であり、それは「浪江町・飯舘村・川俣町の一部」になります。
川俣町の一部を具体的に見てみましょう。
「川俣町 災害記録誌 東日本大震災および東京電力福島第一原子力発電所事故災害」
この資料に詳しく載っています。
「チェルノブイリ原発事故後に強制移住の対象となった55.5万ベクレル/m2」を、μSv/hに単純変換はできませんが、概ね 1.5 ~ 3 μSv/h 程度とのこと。
※「地表面の汚染から受ける線量 :放射線診療への疑問にお答えします」より
川俣町の資料のp.8を見ると、上記数字の上限3 μSv/h を超えるのは山木屋地区(2.98~10.70 μSv/h)であり、p.7 の黄色のところに該当します。
山木屋地区がどのような扱いとなったかをp.9から引用します。
原発事故から約1ヶ月経過した4月10日、国から福山副官房長官らが来町し、年間積算放射線量が20ミリシーベルト(毎時3.8マイクロシーベルト)を超す山木屋地区は、健康被害のリスクがある(※)ことから、住民の健康を守るため、原子力災害対策特別措置法に基づく原子力緊急事態宣言等により、約1ヶ月の期間を目途に避難する計画的避難区域に指定する旨の通告がありました。また、国は、4月16日には、山木屋公民館で山木屋地区の計画的避難区域に関する説明会を開催し、4月22日に山木屋地区を、原子力災害対策特別措置法第20条第3項に基づき、計画的避難区域、緊急時避難準備区域に指定しました。
(※)国際原子力機関(IAEA)などの国際機関の緊急時被ばく状況時の放射線防護の基準値、年間積算放射線量20~100mSv超
福島県の「東京電力㈱福島第一原子力発電所の事故に関連する資料」によると、同日の4月22日に浪江町・飯舘村も計画的避難区域に指定されています。
畠山氏の文章を読むと、次のよう理解できます。
・5月6日の「浜岡原発停止要請」に関する菅総理緊急会見があった
・同日に、「文部科学省及び米国エネルギー省航空機による航空機モニタリング」測定結果の公表があった
・その発表では、チェルノブイリ原発事故後に強制移住の対象となった線量よりも高いところが、30km以上も離れた浪江町・飯舘村・川俣町の一部にあった
・「菅総理は6日の会見でこの事実に言及せず、何の対応策も語らなかった」
とあるので、
上記から「浪江町・飯舘村・川俣町の一部」では、チェルノブイリ原発事故後に強制移住の対象以上の線量だが放置された。
先ほど、事実を示した通り、「文部科学省及び米国エネルギー省航空機による航空機モニタリング」測定結果の公表である5月6日に先立つ4月22日に、計画的避難区域・緊急時避難準備区域に指定されています。
そのため、上記のような理解ができる文章は「ミスリード」であると言えます。
参考までに、ChatGPTに次のように聞いてみました。
「前提知識なく、この文章だけを読んだ場合、30km以上も離れた浪江町・飯舘村・川俣町の一部は、6日の段階では避難対象ではなく、会見後も何の対応をしなかったように理解する人はどのくらいいるか?」
すると、《「その地域は当時まだ避難対象ではなく、政府は事実上放置した」と理解する読者》が90%だと答えました。
一応、Geminiにも聞いてみたら、次のように答えました。
当時の背景知識がない状態で読んだ場合、大多数の読者(恐らく8割〜9割以上)が「それらの地域は6日時点で避難対象ではなく、その後も放置された」という印象を抱くと推測されます。
西牟田靖氏は、あのように書いていましたが、2011年時点から畠山理仁氏は酷かったということですね。
この件と直接関係ないですが、西牟田靖氏の本「誰も国境を知らない 令和版」を以前読みましたが、なかなか面白いものでした。
自由報道協会が追った3.11扶桑社
2011/10/4
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